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東京地方裁判所 昭和60年(ワ)15486号 判決

原告 甲野花子

右訴訟代理人弁護士 宮田光秀

同 米林和吉

同 中野比登志

被告 甲野太郎

主文

一  被告は、原告に対し、別紙物件目録記載の建物を明渡し、かつ、昭和六一年一月一五日から右明渡ずみに至る迄一か月金五万円の割合による金員を支払え。

二  訴訟費用は被告の負担とする。

三  この判決は、第一項に限り、仮に執行することができる。

事実

第一当事者の求めた裁判

一  請求の趣旨

主文同旨

二  請求の趣旨に対する答弁

1  原告の請求を棄却する。

2  訴訟費用は原告の負担とする。

第二当事者の主張

一  請求原因

1  別紙物件目録記載の建物(以下「本件建物」という。)は原告の所有である。

2  被告は本件建物を何らの権原なく占有している。

なお、原告と被告は夫婦であり、本件建物に同居していたが、被告が原告に対し後に主張するような暴力行為を繰り返したため、原告は現在本件建物を退去し、長女と共にアパートに居住している。

3  本件建物の賃料相当額は一か月あたり金五万円である。

4  よって、原告は被告に対し、所有権に基づく本件建物の明渡と、本訴状送達の日の翌日から右明渡済みに至る迄一か月あたり金五万円の割合の賃料相当損害金の支払いを求める。

二  請求原因に対する認否

1  請求原因1の事実は否認する。すなわち、本件建物の登記は原告の名義であるが、本件建物の購入資金の一部分(一四〇〇万円中の二〇〇万円)は被告も支出しているので、本件建物は原・被告の共有である。

2  請求原因2のうち、被告が本件建物を占有していること、原・被告が夫婦であることは認めるが、その余の事実は否認する。被告の本件建物の占有は共有持分に基づくものである。

3  請求原因3の事実は否認する。

三  抗弁

1  原告と被告は、昭和五四年一一月一日に中華民国民法に基づく婚姻をし、また昭和五九年九月一七日日本法に基づく婚姻届出をした夫婦である。

2  右婚姻の効果として、被告は、原告に対して同居を請求することができる。

四  抗弁に対する認否

抗弁事実1は認める。但し、原告と被告は中華民国法上夫婦であったが、昭和五九年当時既に右婚姻は破綻状態にあり、同年九月一七日の婚姻届出は、被告の日本国籍取得の目的のみでされたものであって、当初から婚姻の実質を有するものではない。

五  再抗弁

1  同居拒絶権

(一) 原告と被告は、本件建物に同居していたが、被告が原告に対して包丁を突きつける等の暴行、脅迫を繰り返したため、原告と被告との婚姻関係は実質的に破綻しているから、原告に同居を拒絶する正当事由がある。

(二) したがって、原告は被告の同居請求を拒絶することができる。

2  明渡の約定

(一) 被告は、原告に対し、昭和五九年一一月四日、被告が日本国籍を取得することを条件に、本件建物を退去する旨約した。

(二) 被告は、昭和六〇年八月一七日、日本国籍を取得した。

六  再抗弁に対する認否

1  再抗弁1の事実について

(一)は否認し、(二)は争う。

原告と被告は円満な夫婦生活を送ってきており、少しも不和はなかった。昭和五九年八月二一日にただ一度夫婦喧嘩をしたことがあるが、その原因は原告にあり、しかも一時的な出来事である。

2  再抗弁2の事実について

(一)は否認する。

第三証拠《省略》

理由

一  請求原因1について

《証拠省略》を総合すれば、次の1ないし3の事実を認めることができる。

1  原告と被告は、いずれも中華民国(以下「台湾」という。)から日本に留学し、昭和五四年八月に婚約した。

本件建物は、原・被告の結婚後の新居として昭和五四年一〇月に購入されたものであるが、その当時、原告は文化服装学院の、被告は早稲田大学のそれぞれ学生であった。

原・被告は昭和五四年一一月一日に中華民国法に基づいて婚姻したが、婚姻後の二人の生計は、被告の団体旅行添乗員のアルバイト収入月額約一七万円のほか、原告の台湾在住の父親訴外乙松夫(以下「松夫」という。)からの毎月一五万円ほどの仕送りで維持されていた。

2  本件建物の購入資金一四三〇万円は、松夫が原告のために出捐し、松夫名義又は原告の母親訴外乙竹子(以下「竹子」という。)ないし原告の親戚名義で原告方に送金された。

3  本件建物の売買契約は、昭和五四年一〇月一六日、売主訴外乙田梅子、買主原告(但し、売買契約書等の署名は原告の中国名である乙春子)間において、売買代金は契約書記載の一二三〇万円及び契約書外の裏金二〇〇万円の計一四三〇万円で締結され、右代金、手附金並びに仲介業者及び司法書士に対する報酬金の一切を原告が支払った。

これに対して被告は、被告本人尋問において、本件建物購入代金のうち二〇〇万円は、被告の台湾に居住する母親から送金された旨供述している。そして、《証拠省略》によれば、昭和五四年九月一〇日から同年一〇月三〇日までの間に台湾から(《証拠省略》によれば、送り主は原告の両親の友人となっていることが認められる。)被告又は丙梅夫(《証拠省略》によれば、被告の早稲田大学の級友であることが認められる。)宛に四回にわたって合計六〇〇〇ドルが送金されていることが認められる。

しかし、被告の台湾の実家では、当時既に被告の父親の経営する会社が倒産していたことは、被告自身その本人尋問において認めるところであり、また被告は、被告の母親がどのようにして二〇〇万円を拠出したかを明確に供述していない。更に送金の方法についても、被告の母親が日本への送金方法を知らないので、被告の母親が、一六〇キロ以上も離れている被告の実家から、原告の実家まで持参して原告の母親に日本への送金の手続をとってもらった旨供述しているが、この点も不自然である。以上の点に照らしても、被告の右供述は容易に措信し難い。

また、前記の六〇〇〇ドルの送金の事実は必ずしも被告本人の供述を裏づけるものではなく、前記認定を左右するものでもない。

他に前記認定を覆すに足りる証拠はない。

そして、右認定の事実と前記売買契約に基づいて本件建物の所有権移転登記が原告名義でされていること(この事実は当事者間に争いがない。)とを併せ考えると、本件建物は、全額松夫の出捐のもとに、原告が単独で取得したものと認められる。

したがって、被告の共有持分に基づく占有権原の主張は採用することができない。

二  被告が本件建物を占有していること、原告と被告が昭和五四年一一月一日に中華民国法に基づいて婚姻し、昭和五九年九月一七日には日本法に基づく婚姻届出をしたことは、当事者間に争いがない。

そうすると、被告は原告に対して、夫婦として同居を請求することができる。

三  再抗弁1(同居拒絶権)について

《証拠省略》を総合すれば、以下1ないし7の事実を認めることができる。

1  原告と被告は共に中華民国(台湾)出身者であり、それぞれ留学生として来日中の昭和五三年に知り合い、同五四年一一月一日、中華民国法に基づいて婚姻した。

右婚姻の直前に、前記認定のとおり、原告が、原告の父親である訴外乙松夫が出捐した金で本件建物を購入し、原・被告は、同所において、昭和五四年一一月から同居を始め、同五五年一〇月一五日には、両人の間に、訴外長女花枝が出生した。

2  原・被告間では、被告の異常な猜疑心、嫉妬心に起因して、同居当初から喧嘩が絶えず、以下のような事件があった。

まず昭和五五年、原告が長女花枝を懐胎中に、被告は原告に対し「子供は白か黒か」(子供は被告の子か、それとも他の男性の子か、という意味である。)と申し向ける等、原告の貞操に疑いをかけるような発言をし原告を責めた。また被告の母親が来日し、本件建物の小ささに不満を漏らしたことをきっかけに、被告が、原告の財産が少ないと責め、喧嘩になった。更に被告は、男子を欲しがり、花枝を生んだ原告や、原告に付き添っていた竹子にあたりちらした。

また、原告が友人宅に遊びに行くと、友人の夫との関係を疑い、果ては、松夫の友人が来日して原告方に泊った際に、その人と原告の関係を疑ったり、出産祝いに来た友人との関係を詮索するようなことまでした。

以上のようなことが原因で夫婦関係が冷え、寝室も別となり、夫婦生活も絶えがちであった。

3  原・被告間では、中華民国法上の婚姻当初から、喧嘩のたびごとに離婚話が出ていたが、昭和五七年一一月二〇日の喧嘩の際には、被告が原告に対し、性格の不一致を理由とする離婚を迫り、今後の婚姻生活の継続が困難であるとして、「離婚書」に署名・捺印をさせた。

その後も離婚話が続いていたが、被告は原告が昭和五九年五月下旬から七月中旬にかけて、アメリカ及び台湾へ旅行したことに不満を持ち、原告の帰国後、両人は口をきかなかったが、同年七月二九日には、両者間で、「(1)被告が日本国籍を取得するまで婚姻生活を維持し、日本国籍を取得する手続を完了しだい離婚する。(2)同日から離婚するまで、双方の行動に相互に干渉しない。(3)双方の金、装飾品は各自回収し、金銭的に干渉しない。(4)双方賠償要求をしない。(5)長女の監護権を母親が先に選択すること。」を内容とする合意が成立し、その旨の書面(以下「合意書」という。)を作成した。

4  昭和五九年七月二九日以後も、被告は、包丁を持ち出し原告を刺し殺すと言って責めたて、あるいは、真夜中に数珠を持ち、原告に対し「あなたは子供を残して家出をするか、ノイローゼになって一生病院に入るか、耐えられなくなって自殺するかの三つの道しかない。」と言い、脅迫するなどした。

原告はこのような被告の言動に恐怖を感じ、同年八月一二日以降同月一九日までの被告の夏休み中、被告と顔を合わせないため、昼間は外出していた。また同月二一日には原告と原告が前記アメリカ旅行中に世話になった訴外丁某が京王プラザホテルで食事をしたことで、被告が原告の浮気を疑い、原告の顔面を殴打して全治一週間を要する傷害を負わせた。

その後、原告は離婚を決意し、同年九月五日には台湾の実家に帰ったが、被告が台湾に迎えに出向き、原告に許しを請うたので、同年九月一五日には帰国した。

しかし、その後も被告は原告に対して、殺す、心中しよう、あるいはマンションに放火する等の脅迫をし続けた。同年九月二三日には、原告の不倫を邪推した被告が原告に対して、「殺してやる」などと言ったので、原告は隣家に助けを求め、原告の依頼によって原告の知人である訴外甲田が被告を電話で説得し、被告は自分の友人宅に一泊した。翌二四日に甲田らが被告を別居するようにと説得したが、被告は耳を貸さないので、以後原告が長女と共に本件建物を出て、被告とは別居している。

5  この間昭和五九年九月一七日に、原・被告は、日本国法に基づく婚姻届をしているが、この届出は、被告が原告を台湾に迎えに行った時に、日本国籍を取得するために、国籍を取得したならば直ちに離婚手続をとることを条件に婚姻届をするよう懇請し、原告もやむをえず承諾して、されたものである。

6  昭和五九年一一月四日には、被告、訴外竹子、原告の友人である訴外戊秋夫がパシフィック・ホテルで協議し、原・被告は、日本国籍取得まで別居し、取得後離婚すること等を内容とする書面(以下「協議書」という。)を作成した。

7  原・被告は、ともに昭和六〇年八月一七日、日本国に帰化した。

これに対して被告は、被告本人尋問において、前記3の認定にかかる「離婚書」は離婚すれば二人はどうなるかを冷静に考えるため書いたものであって、その内容は真実ではない旨供述するが、同書面の文言自体及び原告の供述に照らしてとうてい措信できない。

また前記3の認定にかかる「合意書」について、被告は冗談である旨供述するが、同書面の文言及び作成前後の状況に照らして措信できない。

更に前記6認定にかかる「協議書」について、被告は、原告らに脅かされ署名した、と供述するが、原告本人の供述に照らして、とうてい措信できない。

以上要するに、被告の供述は、不自然、不合理であり、前記1ないし7の認定に反する被告の供述部分は採用せず、他に右認定を覆すに足りる証拠はない。

ところで、夫婦の一方の同居請求(民法七五二条)に対して、他方に同居を拒む正当事由がある場合には、その者は、同居拒絶権を行使できるものと解されるところ、相手方の脅迫、虐待等、相手方の責めに帰すべき事由によって婚姻生活が完全に破綻し、以後の同居の継続が困難である事由の存する場合にはこのような正当事由があるものと認められる。

そこで検討するに、前記認定の事実関係によれば、原・被告の別居の原因は、被告の嫉妬心、猜疑心に基づく、原告に対する執拗な心理的又は肉体的な圧迫、脅迫であり、しかも原告が被告の行動を恐れ、忌避し、昭和五九年九月二四日以降別居の状態にあること、原告と被告は別居ないし離婚をしばしば合意していること等を総合すれば、今後の円滑な夫婦生活はとうてい期待できないことは明らかである。

したがって、原告の同居拒絶には正当な理由があると認められ、被告は本件建物の占有権原を有するものではなく、これを原告に明渡す義務がある。

四  《証拠省略》によれば、本件建物の賃料相当額は月額五万円を下回ることはないものと認められる。

五  結論

以上の事実によれば、本訴請求は理由があるからこれを認容し、訴訟費用の負担につき民訴法八九条を、仮執行の宣言につき同法一九六条一項をそれぞれ適用して、主文のとおり判決する。

(裁判官 矢崎秀一)

〈以下省略〉

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